研究テーマ

醤油

 醤油の原型は約二千年前に出現した魚介類の塩漬け発酵食品と言われている。この塩漬け発酵食品から作られた調味料は醤(ジャン)と呼ばれるペースト状あるいは液状のものがある。
 醤は動物性(魚介類を使った魚醤と獣肉・畜肉を原料とした肉醤)、植物性(穀物を使った穀醤、菜類を使った草醤)の二つに大別できる。
さらに、ペースト状では豆板醤、魚露、蝦醤などで、広義的にはイカや沖アミの塩辛やかつおの酒盗も含まれる。
 醤の上澄み液や醤を濾過して作られた液状のものではベトナムやタイなど東南アジアで使われるナンプラーやニョク・マムがあり、日本でも塩魚汁(しょっつる)やイカナゴ醤油などがある。
 日本の醤油は中国で生まれた穀醤がルーツといわれている。1254年、信州の禅僧覚心が、中国から持ち帰った味噌(径山寺味噌)の製法を紀州の湯浅で広めた時に桶に溜まった液汁を煮こみ料理に加えたところ大変美味である事が分かり、以降、これを「溜」と呼び、溜り醤油の始まりとされている。
 中国の醤油と日本の醤油の製法は少し異なる。古くから中国で作られている醤油は大豆を蒸し、少量の小麦を加え、仕込んだもので黒ずんだ色で、香りも弱いものである。最近は脱脂大豆に小麦胚芽を混ぜ、仕込み、加湿して出来た熟成もろみに二番醤油を混ぜ、熱抽出、濾過した香りの良い醤油が増えてきた。
 日本の醤油は以下の通り5種がある。

■濃口醤油
一般家庭でもっとも多く使われている醤油で全生産量の82%以上を占める。 濃口醤油の製法は、蒸した大豆とほぼ同量の炒った小麦を混ぜ、麹を加え、食塩水に仕込み発酵させて出来た熟成もろみを搾ったもので、最後に火入れを行ない、発酵を止め、香りと色を安定させた醤油である。
■薄口醤油
兵庫県竜野地方で生産された醤油で色を淡く仕上げる為に塩分を多くし、発酵を押さえた醤油で、濃口醤油に比べ色が薄く、素材の色を生かす料理に使われ関西方面で多用されている。また、関西料理が全国的に普及され現在では全国的に生産が広まり、濃口醤油に次ぐ全生産量の15%近くを占める。
■溜り醤油
愛知県、三重県、岐阜県を中心とした地域で生産されている。もっとも醤油の原型に近い醤油だが、生産量は2%弱と少ない。濃口醤油と異なり、大豆を主な原料として使い、小麦は極めて少量しか加えていない。色はかなり濃い柿渋色で、もろみの香りが強く、粘度がある。せんべいや照リ焼、佃煮、蕎麦やうどんのつけ汁などに使われる。
■再仕込み醤油
高級醤油として近年食卓に上る機会が多い。基本的には濃口醤油を二回繰り返す醸造方法で、この名がついた。食塩水の代わりに火入れ前の生醤油を加えて仕込み、色が濃い目で風味豊かな高級醤油である。寿しのつけ醤油や刺身醤油として使われる事が多いが生産量は1%以下と少ない。
■白醤油
生産は愛知県がもっとも多く、原料は小麦のみ、あるいは小麦に微量の大豆を加えて造る醤油で、薄琥珀色の醤油。甘味が強く、素材に色が殆ど付かないため、関西風のうどんつゆ、吸い物や白身魚、色野菜の煮つけなどに使われる事が多い。生産量はまだまだ少なく1%以下である。

<醤油の醸造方法>
 日本農林規格(JAS)での醤油の製造方法は次ぎの通りである。

1. 本醸造方式/蒸した大豆または脱脂加工大豆に炒った小麦を混ぜ、これに種麹を加えて醤油麹を作り、これに食塩水を加えてもろみを作る。これを発酵熟成させてから搾り、生揚げ醤油を作る。この醤油に含まれる油と沈殿物を取り除き、最後に加熱(火入れ)殺菌を行ない、同時に色や香りを整える方法。最近では火入れを行なわずに微細フィルターで菌を除去した「生醤油」も造られている。本醸造と言っても昔からの醸造方法と大手メーカーなどで大量に醸造する方法は熟成期間大きなに違いがあり、味や色などにも違いがある。
 市販本醸造醤油としている中で幾つかの製品では、次ぎのような醸造方法を行っている。すなわち、もろみ品温15℃以下でセルラーゼ、ペクチナーゼといった酵素を添加し、その後加温醸造をする事により、大豆、小麦などの細胞壁構成成分を効率良く崩壊し、圧搾濾過工程で液汁採取量を増す方法をとっているものである。ぺんてるでは小麦麩より抽出したカルボキシペプチターゼ酵素混合剤を醤油もろみに添加する事によって天然仕込み方法に比較して、従来の1/3の発酵期間で済むと言った醸造方法を特許し醤油メーカーに販売している。これら特定の酵素を利用し、これまで一年以上の時間をかけて醸造されていた醤油は短期間の醸造で行なう事が出来る。
 基本的な醸造手順は変更ないものとして厚生省ではこれらの酵素利用醸造についても本醸造として表示する事を認めている。

2. 新式醸造方式/本醸造で造ったもろみ醤油や生揚げ醤油に酸分解アミノ酸と食塩水を混合し、発酵、熟成させる方法で、短期間に醸造出来る。全生産量の二割近くを占める。

3. アミノ酸液混合方式
 アメリカなど海外で多く生産されている醤油の醸造方法で、日本では3%程度の生産量。生揚げ醤油と酸分解アミノ酸液や酵素処理液と食塩水を混合して作る方法で、こくはなく、アミノ酸液の香りがある。

 醤油は英名でSoy Sauce(ソイソース=大豆のソース)と呼ばれている。
 醤油が欧米に広まったのは意外に古く、17世紀中頃(1668年)で、長崎からオランダへ醤油12樽が出荷されたのが最初とされている。
 日本の醤油はオランダからフランスに紹介され、美食家として名高いルイ十四世の好物ルルヴェという料理の隠し味として使われた話は有名である。
 日本での醤油の名前の由来について、確かな年代は明らかでないが、名前の由来については、ショウユの作り方の一つに醤に水を加え袋に入れ濁りのない液汁が滴り出た物を集めた物(すまし汁)があり、この方法が醤(ヒシオ)に湯を加え煮出した汁=醤湯(ヒシオユ)と表記され、この醤湯がショウユと読まれ、ショウユ=醤油となった説がある。もう少し単純に捉えると、中国の醤(ジャン)は日本では醤(ヒシオ)と読まれていた。この醤の底に残った液汁、すなわち醤の汁が滲み出てきた様子が袋の中から油が滲み出た様に見えたので醤から出た油=醤油(ヒシオユ=シオユ=ショウユ)と呼ばれたのではないかと考える事も出来る。
 現在、日本で販売されている醤油はいわゆる醸造醤油の他に、昆布エキスを加え旨味を強調した昆布醤油をはじめ牡蠣エキス、鰹節エキスなどを醤油に加えた調味醤油が数多く市販され、濃縮だしと混同してしまうような醤油も店頭に並んでいる。 これら調味醤油は最近になってつくられたのものばかりではない。香川県で作られているいかなご醤油、千葉県のこうなご醤油、その他蛤醤油、アサリ醤油などは魚介類に塩や塩水を加え醗酵させたものと本醸造で造られた醤油を合わせ、それぞれの旨味を醤油に加えたもので昔からそれぞれの郷土料理の調味料として存在していたものも数多くある。
 醤油は大豆蛋白が分解されて作られたグルタミン酸を主体とする各種アミノ酸と数十種の酵素が作り出した旨味成分が複雑なおいしさを作り出している。同じ醸造過程を経て造られた醤油でも醸造メーカーによって微妙に風味が異なるのは、醤油の醸造倉に棲み付いている様々な特性を持った酵素や酵母の違いによるものである。
 
 
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